事務長室から
ラブレターを書く理由
東京多摩病院では、面会に訪れた家族がロビーに設置したピアノを使い、入所者に音楽を聴いてもらうことも
【もう、 帰りたいよ(一報は爆破で入ったでしょ)ホント、飛び上がった。俺に聞いたって事故原因なんて分からないからな(応援って何人くらいいるの)30人かな(4課は)10人くらい(で、何をしてるんです)乗客から聞き取り。当日、すぐに広尾病院行ってさ、ずっと話を聴いてる。でも、ショックがでかくて全然ダメ。軽傷者が多いから家には帰ってるけど、本人はふさぎ込んで出てこない。家族も「勘弁して下さい」って(現場は見ました?)チラっとしか見てない。しかし、一方の車両は駅に着く寸前だろ。で、もう一方は発車直後。よくもまあ、あんなに壊れるもんだな(車体が重いから?)軽傷者と重傷者、被害が両極端なんだよね(車体の側面が、上り列車に突き刺さってなぎ倒したからでは)あ、そうなの。それでか。重傷者はみな頭を打ってるからな。まだまだ死者が出るよな、悲しいけど(そんなに悪いの)悪いな。そこから話を聴けってんだから。死んじゃったら事故の状況も分からないでしょ。車内の見取り図を用意してるんだけど、全然埋まらない。ただ、運のいい人はいてさ、脱線車両ってトンネルから出てきたじゃない。そのとき日差しを嫌って座席を移動して免れた人がいるよ。もし移動してなかったら、アウトだった(運がいい)不思議なもんで、同じ車両でも全く無傷な人もいるし。死んだ人は不運としか言いようがない。一人が言ってたけど、冬だろ。ほとんどがコートを着てたから、怪我もこの程度で済んだんじゃないかって。ガラスの破片が凄かったからな】
26年前の2000年3月8日朝。
東京・中目黒駅に到着しようとしていた営団地下鉄(現在の東京メトロ)の列車がカーブで脱線し、対向列車の側面に激突する事故が発生しました。死者5人、負傷者は64人にのぼる大惨事。冒頭の問答は、事故翌々日の夜、警視庁捜査4課のある刑事との会話です。私は当時、毎日新聞社会部で、警視庁の捜査2・4課(汚職や金融犯罪など)を担当していました。
本来、暴力団関係を担当する彼も、1課(殺人や特殊犯罪など)が担当する捜査に駆り出されていました。事故の大きさ、深刻さを物語る何よりの証で、何としても話を聞きたいと無理を言ったのです。
捜査本部が置かれた目黒警察署そばで落ち合い、立ち話は10分ほど。その後、私は事故現場に足を運びましたが、黄色い規制線のはるか向こうで赤色灯を反射する銀色の金属塊の光景を前に、原因判明には相当な時間を要するだろうと一人絶望していました。
なぜ日比谷線脱線事故かというと、この連休中、映画「人はなぜラブレターを書くのか」(石井裕也監督)を見たからです。知人の薦めでした。
脱線事故の実話がベース。主人公で食堂を経営するナズナ(綾瀬はるかさん)は高校時代、通学電車で乗り合わせ、思いを寄せていた高校生ボクサー・信介(細田佳央太さん)にラブレターを書きますが、渡すことは出来ませんでした。そう。いつもの電車に乗り遅れた彼は、事故に巻き込まれたのです。まさに不運、です。
それから24年、病と闘うナズナは信介に宛てて改めてラブレターをしたため、彼の両親の手に渡ることになります(ネタバレになりますので、詳しくは書きません)。悲しみを抱えてきた両親は、生前の息子の様子を知らせる手紙に心揺さぶられ、ナズナに感謝の返信を送る――。
私は気づかなかったのですが、当時(2024年)、大筋の経緯が一部のスポーツ新聞で報じられていました。確かに奇跡ですし、この歳になると何よりもご両親の心情に感情移入してしまいます。個人的に印象的だったのは葬儀のシーン。訪れた営団幹部たちが開式前の焼香を求めますが、父は「何様のつもりですか」と静かに断ります。当然ですね。あのとき、幹部のお付きで同行していた営団の職員は今どこで、何を思うのだろう。そんなことを考えてしまいました。
なぜラブレターを書くのか? 映画は答えを明示していないように思います。ただ、経験した出来事が大きければ大きいほど、そして思いが深いほど、人は文章にせずにはいられないのではないか。そして手紙にしたため、フックのついたロープに結んで「出来事」に引っかけていくのです。
ナズナは病と闘うことを決意します。そして、寄り添う一人娘は医師への道を選ぶ。ナズナのラブレターは彼女の人生の一場面を美しく切り取ったのです。


