事務長室から 記事|医療法人団豊徳会 介護医療院 東京多摩病院

事務長室から

2026/2/18

不在者投票

コラム、始めます。
*写真説明
病院ロビーで開かれたフラワーアレンジメント教室。先生の手ほどきで、熱心に制作に励む入所者

 先の総選挙は自民党の歴史的な大勝となりましたが、皆さんは投票に行かれましたか? 
 2月8日の投票日は雪予報だったため、私はその前日、久しぶりに期日前投票に行き、大好きな「中華そば しば田」でラーメンを食べて帰ってきました。雪警戒の人が多かったのでしょう、市役所の投票所は大賑わいで、関心の高さを感じました。
 東京多摩病院のような介護施設も、入所者の方は希望すれば選挙に参加することができます。各自治体の選挙管理委員会に不在者投票用紙を申請すると、総選挙の場合、公示後に小選挙区、比例区、最高裁裁判官の国民審査の投票表紙3種がゆうパックで送られてきます。私は、同封の立候補者名簿を画板にはさんで希望者一人ひとりを回り、病棟師長の立ち会いのもと投票用紙への記入を見守ります。
 「知らない候補者ばかりになったねえ」「私は投票先を決めているから」――。ベッド上で何とか上半身を起こしながらも、心なしか入所者の表情は冴え、鉛筆を持つ手に力が入ります。
 ちなみに今回選挙は、急な解散だったため、選挙公報の準備が間に合いませんでした。中道改革連合をはじめ、若い政党が目立ちましたが、候補者の主張や政党ごとの政策の違いは分かりにくかったかもしれません。そのせいか、多摩病院の投票者数はやや物足りませんでした。

 私は選挙が大好きです。
 というのも、駆け出しの新聞記者時代、山口支局での経験がありました。県議選で一つの選挙区を担当したのですが、講堂で行われた開票作業中、知り合いだった地元警察署の刑事課長が候補者毎の獲得票予想を耳打ちしてくれたのです。結果は誤差1票。選挙なんて無関心だった私は衝撃を受けました。何故そんなことが可能なのか。ポイントだけ課長は教えてくれましたが、まさに「足で稼ぐ」を地で行く作業で、選挙の奥深さを知ったのでした。
 次の熊本支局では、細川護煕元首相の「旋風」(1993年)を体験しました。日本新党の勢いを前に、これまでの投票実績はまったく当てになりません。多忙な細川さんに代わって佳代子夫人が山間を選挙カーで走ると、谷底の向こう側で作業している人々が大声で手を振ります。最終日、細川さん本人が熊本市入りすれば、中心部、上通・下通のアーケード街が約1キロにわたって人波で埋め尽くされたのです。どれも初めて見る光景で、圧倒されました。
 「政治は選挙で変わるんだ」。素直に感動したのです。
 
 話を院内に戻します。
 投票の様子を何度か見ていると、やはり書き慣れた候補者名や政党を変えることは並大抵のことではないようです。その意味で、今回選挙は新しい兆しが生まれたのかもしれません。ただ、日本新党がそうだったように、大勝した後の政治活動こそ重要で、いかに人々を裏切らないかが問われます。政治家のみなさんには、施設の一室から静かに見守っている有権者がいることも、知っておいてほしいと思うのです。



竹之内 満(たけのうち・みつる)

 1966年3月、旧・国立大蔵病院(世田谷区)で生まれる。高槻市、柏市を経て狛江3小からオーストリア・ウィーンに転居。狛江2中を卒業後、早稲田大学高等学院、早大政経学部経済学科。89年、毎日新聞入社。山口支局、熊本支局玉名駐在、東京本社地域面編集センター、八王子支局。東京社会部では警視庁(捜査2・4課担当)、遊軍では気象庁や調査報道班。2000年に外信部、アジア総局(バンコク)時代の4年間にアフガン・イラク戦争、スマトラ大津波など取材。宇都宮支局デスクで帰国後、法務室、社長室広報担当、デジタル報道センター次長、静岡支局長を経て退職。21年に東京多摩病院に入職する。
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